white snow |
外が明るい、夜だというのに。 窓の外に目をやれば、音もなく舞い落ちる大粒の雪。 雲が厚く垂れ込め月も星も見えないのにほの明るいのは、そういう訳だったのか。 ひどく緩慢な動きでベッドから身体を起こし、必然もないのに外の景色を見続ける。まるで現実から目を背けるように。 こんな事をしても背ける訳がない。判っている。その証拠のように、俺の視線は無意識のうちに自分の横に注がれた。 シーツの海に沈む細い身体。こちらを凝視する金茶の瞳。責められている訳でも誹られている訳でもないその視線が逆に居た堪れない。わざとらしく視線を外し、殊更なんでもない事のように呟いてみせた。 「……何か、言いたい事でも?」 「別に。なんにも」 目を逸らさず真っ直ぐに注がれる視線が判る、痛い位に。 それでも俺は顔を背け続ける、何かに耐えるように。 「じゃあ何故こちらを睨んでいる。罵りでもしたいんだろう?」 「……今更?」 今更何を罵れと? と彼女は尋ねる。 「キミを責めて問い詰めたら元に戻る? 軽蔑して罵ったら今迄と全く同じに戻れるの?」 今更何を言った所で元には戻らない、それともキミの安息の為だけにボクに恨みつらみを言わせたいとでも? 確かに彼女はそう言った。 「生憎だけど、軽蔑する気も恨み言言う気もない、残念ながら」 彼女の意思と関係なく組み敷き押さえ付けたのに。なのに何も……誹る言葉さえ吐かれない。 ゆっくりと起き出した細い身体が俺に背を向け、ベッドに腰掛けるような体勢を取る。 「今更……変わってしまった事を悔やんでも遅いよ。 ボクは責めない、罵ったりもしない。キミが救われる事なんか何一つしてやらない」 ボクがどれだけ惨めで傷付いて幸せだったか、思い知れば良い。そう言いながら立ち上がった身体がふらつく。咄嗟に腕が出て、倒れないように身体を支える。 腕が触れた瞬間ぴくりと震え、それでも気丈に話し掛けてくる。 「……ありがとう。もう大丈夫だから手を離して」 「……」 気付いている、判っている。ここで手を離さずベッドの上に引き摺り戻し、力一杯抱き締め、耳元で愛しているの科白一つでも囁けば、こいつは俺から離れない。 身も心も全身全霊を俺だけに傾け、昼も夜も傍にいて柔らかな微笑を向けてくれる。 欲していた魔導力は手に入らないが、代わりにその他の全てが手に入る。 だけど。 「……ああ、判った」 何の戸惑いも見せないように俺は彼女から腕を外す。 『今更何になる?』 それは今し方彼女が言った科白。 そう、今更何になる? このまま彼女をここに縛り付けぬるま湯のような生活を送り、それはそれで幸福な事なのかもしれないが、だけどそれは俺の性にきっと合わない。 日毎愛を囁き囁かれ、それで満ち足りた生活を送れる程、俺はもう可愛くも甘くもない。 一時の安らぎより多分、より欲するのは刹那の緊迫。 彼女を手に入れて何になる? それで安堵するとでも? 否、それは新たに不安と不信を助長するだけ。手に入れた傍から失う不安に駆られるよりも、最初から手に入れず憎まれ恨まれた方が気が楽だというもの。 今更甘ったるい幸福など不必要。それは俺を駄目にする甘美な誘惑。それに一旦乗ったら最後、今度は跡形もなく壊すまで心の平穏は訪れない。 だからこそ。 「次に 「今更何当たり前の事言ってるの? この瞬間だって心許してなんかいないのに」 「……そうだな」 自分の平穏の為に突き放す。互いの危うい均衡を寸での所で保つ為に。 ふらつき汚れの残る身体を気にも留めず、彼女は俺を残してこの場から去る。 彼女が消えた扉を見つめ、俺は後悔とも悔恨とも幸福ともつかない想いを持て余す。 行くな、と、欲しい、と言えば手に入った全て。だけどもソレは本当に欲しいものじゃない。 ここで手を離さなければ、何も知らない無垢な身体を好き勝手に汚し思い通りに仕立てる事さえ出来る。 だがソレは、俺の欲しい『アルル・ナジャ』ではなく、只の愚鈍な傀儡でしかない。 それでも。 『行くな』と、『戻って来い』と無意識のうちに呟いてしまう己の未練がましさに辟易する。 変質してしまった関係は互いを駄目にしてしまうと判っている癖に、彼女に触れたがる腕が恨めしい。 『一度の過ち』だと 壊れた『今迄』はもう元には戻らない。 |
大鷹 海凪
2006年04月13日(木) 15時25分51秒 公開 ■この作品の著作権は大鷹 海凪さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.1 藤宮 評価:100点 ■2006-04-16 21:56:18 ID:IsxZm/z4LeU | |||||
ヘタレ万歳。あるるん以上に「どれだけ惨めで傷付いて幸せだったか、思い知」りやがってください。ぐだぐだ言い訳しながら、それでも己の欲望を忠実に解き放ってくださった彼の行動力に100点(ゑ) | |||||
総レス数 1 合計 100点 |
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